■AIDMA等のシーケンシャルな消費者行動モデルは今の時代に合っているか?

学業、仕事を問わず、マーケティングに少しでも触れた方であれば、AIDMAという用語を目にしたことはあるでしょう。AIDMAとは、Attention(注意)、Interest(興味)、Desire(欲求)、Memory(記憶)、Action(行動)の頭文字をとったものです。消費者の購買意思決定がこの順序で進み、最終的に購入に至るとする消費者行動モデルとして、広く認知されてきました。そして、AIDMAのような表現スタイルでSNS時代を反映するようなものも含めていくつかの消費者行動モデルが提唱されています。それらを一つひとつ見てみると、なるほどと頷くものもあり、とても興味深いモデルであると思われます。モノを効果的、効率的に販売したい事業者にとって、消費者行動モデルは重要な意味を持ちますので、それらの参照性は決して低くないでしょう。しかしながら、時代の変化と共に個人のライフスタイルは多様化し、ネット社会で膨大な情報が溢れかえり、製品や企業の競合関係が複雑化している現代社会の中で私たちは日々の生活を送っています。そのような状況下、それらのモデルにあてはめて消費行動や意思決定の研究なり分析なり事業戦略の検討を試みることの有意性を否定するものではありませんが、消費者が一方向に向かって段階的に意思決定を進めていくというシーケンシャルなプロセスが、果たして今の時代適切なモデルであるかどうか、やや疑問に思うことがしばしばあります。本稿では、消費者行動モデルの在り方に焦点をあててみたいと思います。

■奥が深いこれまでの消費者行動モデルの研究

そもそも消費者行動モデルの研究を紐解くと、その歴史は長くかつ奥深いものがあります。行動経済学のベースになっていると私は考えているハーバート・A・サイモンの「限定合理性と満足化原理」ですが、この理論は、人間は完全な情報を得た上で合理的な判断を下すものではなく、人間の情報処理能力には本来限界があるため、程々のところで探索行為を止めて限定的な情報取得範囲の中で意思決定するとしています。すなわち“限定的に合理的な意思決定を行う”のが人間であると説いています。消費者行動分析の点で重要な指摘ではないでしょうか?ハーバート・A・サイモンは1978年にノーベル経済学賞を受賞しており、以降行動経済学が大きな着目を集めています。例えば、ダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーによるプロスペクト理論やヒューリスティクス理論(代表性ヒューリスティクス、利用可能性ヒューリスティクス、アンカリング)はとても有名であります。2名も2002年にノーベル経済学賞を受賞しています。ヒューリスティクス理論の考え方は消費者行動を研究する上で欠かせないものと私は考えており、カーネマンの近著ではヒューリスティクスに加えて、ノイズが人間の意思決定に大きな影響を与えていると論じています。

行動経済学の系統ではありませんが、消費者意思決定に関するモデルとしてEBMモデル(エンゲル=ブラックウェル=ミニアードモデル)というものがあります。1995年にこのモデル名に名を連ねる3名の研究者による著書内で、このモデルについて触れられています。このモデルでは、ニーズの認知から消費、購買後評価に至る消費者行動の主プロセスが軸になっていますが、その軸に対して影響を与える環境の変化(≒外的要因)、個人間の差異が定義されています。加えて主プロセスにおける探索行為では、外的探索、内的探索によって蓄積された記憶という存在の重要性にも言及されています。複雑な消費者行動モデルですので、詳しく知りたい方はEBMモデルで検索の上、ご覧ください。また、別の例を挙げると、アサエルの購買行動類型というモデルもあります。このモデルはとても分かりやすく定義されており、スルッと理解できると思います。タテ軸を製品のブランド間の認知差異の高低、ヨコ軸に消費者による製品関与、購買関与のレベルの高低で、4マスで整理された購買行動類型です。具体的には①情報処理型、②認知的不協和解消型、③バラエティシーキング型、④慣性型という4マス整理になります。4マスの説明は図内のテキストを参照いただければと思いますが、より詳しく勉強されたい方は、ネットで検索されるか原文の著書をご参照ください。まだこれ以外にも消費者行動モデルに関する研究は多く存在しており、本稿ではとても全てを書ききることができません。総じて言えることは、消費者行動モデルに関する研究はとても多様で奥深い点であります。そして非常に参考になるものばかりと私は考えています。しかしながら、ネット社会において情報探索コストが低減化していますので、時代の変化に沿って消費者行動モデルも最適化される必要があると、同時に思う次第です。

アサエルの購買行動類型

出所:Consumer Behavior and Marketing Action(Henry Assael)を参考に作成

 

■Googleによる「バタフライ・サーキットモデル」

本稿の冒頭で、AIDMA等のモデルは消費者が一方向に向かって段階的に意思決定を進めていくというシーケンシャルなプロセスであり、果たして今の時代適切なモデルであるかどうか、やや疑問に思うことがしばしばあると述べました。このモヤモヤ感を長い期間感じており、私自身が最適な解を見いだせずにいたのですが、Googleがとても興味深いモデルを2020年に発表しました。同社のサイト「Think with Google」において、リアルな検索行動のログをもとに、「バタフライ・サーキットモデル」と8つの動機を発表しています。同サイトでは次のように述べられています。

『多くの場合で、情報探索行動は、現れたり消えたり、期間を空けて思い出したようにまた現れたり、また「このタイミングでなんでまたそれを調べるの?」「結局、何も考慮していなかったそれを買っちゃうの?」など、マーケター側からするといわば“ちゃぶ台返し”のような行動が多発していることがわかってきたのです。』(原文のまま) 出所:Think with Google(https://www.thinkwithgoogle.com/intl/ja-jp/marketing-strategies/search/butterflycircuit2/

つまり、リアルな情報検索行動は秩序や順序だてがなく、多面的、多視点的な行動であるということです。そしてGoogleは同時に、このような情報検索行動を搔き立てる8つの動機を解説しています。

 

Googleが説明する、情報検索行為の8つの動機

出所:Think with Google(https://www.thinkwithgoogle.com/intl/ja-jp/marketing-strategies/search/butterflycircuit2/

 

さらにGoogleはこの8つの動機を大きく二つに分類して整理しています。ひとつが“さぐる”動機であり、もうひとつが“かためる”動機としています。前者には①~④が該当し、後者には⑤~⑧が該当すると説明しています。そしてこの“さぐる”動機と“かためる”動機による情報検索行為が交互に繰り返されているとしており、以下のようなビジュアル表現でモデル化しています。その形がまるで蝶のようであるところから、同社はこのモデルを「バタフライ・サーキットモデル」と名付けました。素晴らしいネーミングだと思いますし、中身もネット経済を前提としたものであり、なによりGoogle自身がログに基づいて定義したモデルという点で、とても意義高いものだと思われます。

Googleが提唱する「バタフライ・サーキットモデル」のイメージ

出所:Think with Googleによって表現されているモデル化をベースに作成(https://www.thinkwithgoogle.com/intl/ja-jp/marketing-strategies/app-and-mobile/butterflycircuit3/

 

■購入意思のブラウン運動

それまでに感じていた消費行動モデルに関するモヤモヤ感が解決したように思うのですが、このように体系的に整理されないまでも、あらためて私自身が描いていたモデルイメージを述べさせていただきます。具体的には次のイメージ図で表現しているように、時間の経過と共に購入意思の高まり度合いは高くなったり低くなったりを繰り返し、最終的に購入に至るのかそれとも購入しないまま関心が薄れてしまう、あるいは諦めてしまうという行動になるとイメージしていました。その不規則な動き方を物理学でいうところのブラウン運動に見立て、「購入意思のブラウン運動」と勝手に名付けています。ただしこれはあくまでも消費行動を時間軸と購入の意思の高まり度合いという二軸で単面的にしか表していません。そのような意味で、Googleによるバタフライ・サーキットモデルを個人的に少し深堀し、自分なりに新たなロジック展開を今後試みてみたいと考えています。

購入意思のブラウン運動

以上